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福岡高等裁判所 昭和38年(ラ)6号 決定 1963年5月30日

抗告人 小川秀雄

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりで、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

別紙抗告理由第一点、第五点及び同抗告理由追加書第一点について

証券投資信託法による受益権は同法第五条第二項に規定せられる如く必ず証券を以て表示されなければならず、またその受益権の譲渡及び行使は記名式の証券でない限り、必ず証券を以てしなければならないのであるから該証券(受益証券)は有価証券であるといわねばならない。そして、右有価証券は金銭の給付を目的とするものであるから商法第五一九条、小切手法第二一条により善意取得の法理が適用されるのである。

抗告人が主張するところの「証券投資信託法における受益証券は商法第五一九条にいう有価証券でない。右受益証券については小切手法第二一条の準用がなく、限定的特殊のものである」との見解は独自の見解であつて、当裁判所の到底採用し得ないところである。ところで疏甲第一乃至第四号証、同第八号証によれば、抗告人が新栄商事株式会社に預け入れた本件受益証券は証券投資信託法による受益証券で、無記名式のものであることが疏明し得られ、且つ本件受益証券が原決定理由中説示の如く新栄商事株式会社から伸栄商事株式会社、伸栄商事株式会社から大井証券株式会社福岡支店に順次譲渡せられたのであるから、商法第五一九条、小切手法第二一条により最後の右譲受会社が本件受益証券の取得につき悪意又は重大な過失のあつたことの疏明のない本件においては右譲受会社に本件受益並証券返還の義務がなく、したがつて原裁判所が抗告人の本件仮処分申請につき被保全権利の疏明がないと判断したことは相当である。

別紙抗告理由第二点について

抗告人は原裁判所が本件仮処分申請につき口頭弁論を開かず、被保全権利の疏明が十分でないとしてこれが却下決定をなしたことを恰も違法であるが如く主張するけれども、仮処分申請に対し裁判所が申請人の疏明を不十分と考える場合必ず口頭弁論を開かねばならぬとの規定は存しないので、原裁判所が本件仮処分申請につき口頭弁論を開かず、被保全権利の存在につき疏明がないとして却下決定をなしたとしても何等違法ではない。よつて抗告人の前記主張は採用できない。

別紙抗告理由第三点乃至第五点について。

抗告人の掲げる各種判例は本件の場合適切でないので右判例の趣旨を以て本件受益証券に対する前記見解を左右することはできない。よつて、本件抗告を理由がないものとして棄却し、抗告費用の負担につき民事訴訟法第四一四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 岩永金次郎 厚地政信 原田一隆)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

(一) 相手方(被申請人)(一)大井証券株式会社福岡支店は別紙記載の証券代金は之を相手方被申請人(二)伸栄商事株式会社に支払うことは出来ない。

(二) 相手方被申請人(二)伸栄商事株式会社は相手方(被申請人)(一)大井証券株式会社福岡支店より同代金を受取ることは出来ない。

(三) 同支払又は受取の禁止は同両名の同証券の権利が何れに属するか判決にて確定する迄のことの仮処分決定を求めます。

第一点

原決定は商法第五一九条の所謂「金銭其他の物又は有価証券の給付を目的とする有価証券」の性質に誤解あるものと信じます。即ち原決定は云々「投資信託受益証券(疎甲第八号証)は財産的価値を有する私権を表彰する無記名証券であつて権利の移転行使、につき証券が必要とされ流通することがその本質とされる有価証券であると認めるのが相当である。と云うのでありますが証券投資信託法第二条二項に於ては「この法律に於て有価証券とは証券取引法第二条第一項及び第二項に規定する有価証券をいう」と規定し証券取引法第二条に「この法律において有価証券とは左に掲げるものをいう」とし「七証券投資信託又は貸付信託の受益証券」と規定せられ居るも商法第五一九条の有価証券とは規定せられて居ませぬ。

然るに株券に付ては商法第二二九条に「小切手法第二十一条の規定ハ株券カ無記名式ノモノナルトキ又ハ記名式ノモノニシテ其所持人が第二百五条第二項若ハ第三項ノ規定ニ依リ権利ヲ証明スルトキニ之ヲ準用ス」と規定し以て之を保護せるに拘らず本件の投資信託受益証券には其保護がありませぬ。

それに原決定は同証券にも手形法第一六条の二項の適用ありとし相手方(被申請人)(二)又は(一)を同証券の権利者なりと解したるは独断にして違法たるを免かれませぬ。

第二点

原決定は審理不尽のそしりあるを免かれませぬ。

仮処分申請事件は口頭弁論を経ずして之を為すことを得又は口頭弁論を経て判決を以て為すことを得ることとなり居り疎明不十分なりと思料せらるる場合に於ては口頭弁論を開始し疎明方法を講ぜしむるのが当然であります。

本件の事件発生は昨年十二月一日朝日新聞(甲第五号証)其他の諸新聞の報道により初めて之を知り同月十三日新栄商事株式会社を相手取り本件証券を執行吏の保管とする旨の仮処分を福岡地方裁判所に申請し同裁判所は即日同年(ヨ)第五七九号仮処分決定を以て同旨の仮処分決定を与えられ申請人(抗告人)は直ちに同証券の所在場所を探知し翌十四日福岡地方裁判所執行吏吉次善十郎と申請代理人同道相手方(被申請人)(一)大井証券株式会社福岡支店に出張支店長代理田中明次長山田賢二に面会仮処分の執行に着手したる処同証券は大阪の本店に送付済にて現物はないとのことなりしため当日の執行は不能に帰したるを以て一方大阪本店に於て執行すべく段取を定め一面大阪本店にて掛合い本件証券の存否を問合いたるに証券はあるも一応福岡支店をして供託せしむるとのことなりしため大阪本店にての執行を思止まり同月十七日相手方両会社を相手取り本申請をいたしたのであります。

其翌十八日は福岡高等裁判所昭和三七年(ネ)二九八号第四民事部掛の証人尋問期日が長崎簡易裁判所に於て嘱託尋問として施行せらるることと定まり居り同年十一月二十二日申請代理人は其期日通知を受け居たるを以て十二月十八日同証人尋問に立会うべく長崎に出張不在なりしに同日既に裁判所の本件申請処理の方針定まりたる模様にて申請代理人も施こす方法がなく決定書を待つ外なく同月二十八日裁判所に於て却下決定正本の送達を受けたのであります。

第三点

本件証券は無記名なりと雖も動産として民法第一九二条の適用はないのであります。

同趣旨判例

定期預金証書ノミヲ占有スルモ民法第百九十二条ノ規定ニ依リ其ノ証書ノ上ニ行使スル権利ヲ取得スルコトヲ得サルモノトス

昭和二、二、一日大審院第二民事部判決

大審院判例集第六巻二号三五頁

第四点

預金者の氏名を表示しない所謂特別定期預金証書も有価証券たる無記名証券ではないとの東京高等裁判所の判決があります。

昭和二八、八、二二日判決下級裁判所民事裁判例集第四巻第八号一〇四頁

第五点

有価証券の語は商法のほか民事訴訟法破産法をはじめ多くの公私特別法において用いられているしかし云々当該立法の特殊目的に判応した限定的なものにすぎない。

法律学全集西原寛一商行為法一〇一頁

第六点

仮処分申請却下決定に対しては抗告を為し得ること仮処分ノ申請ヲ却下シタル決定ニ対シテハ抗告ヲ為シ得ベキモ仮処分決定ニ対シテ異議ヲ為シ得ルニ過ギズ。

大正十三、八、二日大審院第三民事部決定

法律新聞第二、三一二号一七頁

別紙

抗告理由追加書

第一点

抗告状記載理由に左記の理由を追加いたします。

株券の小切手法第二十一条の即時取得の規定を準用せらるるに至りたる商法第二二九条は昭和十三年法律第七二号を以て新設せられたるものであり其後昭和二五年法律第一六七号を以て改正せられたるものなる処証券投資信託法は昭和二六年六月四日法律第一九八号を以て発布せられ投資信託受益証券と同性質を有する社員権的有価証券に属し証券取引法に有価証券として投資信託受益証券と並列せられ居る株券に付ては商法に右の如く第二二九条に規定せられ居るのに本件証券に付き規定せられたる証券投資信託法に其旨の規定なきは本件証券に小切手法第二一条の善意取得の規定を準用せざる法意なること明瞭であります。

証券投資信託法に詳細の規定を設けありと雖も総て監督上の規定にして同証券が流通証券として社会に及ぼすべき幣害を防止するを主眼とし新しき事実の跋扈を警戒怠らざるは其意を観取することが出来るのであります。

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